七生報国 天皇陛下万歳

昭和維新の春の空 正義に結ぶ丈夫が  胸裡百万兵足りて 散るや万朶の桜花

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やっと終わった、TVが見られる!

屁菌汚倫卑苦がやっと終わり、TV鑑賞をやめていた私は、晴れてTVを見ることが出来るようになった。17日間、TVから遠ざかっていたが、それはそれでなかなか有意義であった。読書も出来たし(勿論のこと支那批判モノばかり読んだ)、半身浴で汗を流したりと健康的な日々であった。

誰が金メダルを獲得したかぐらいは、我が愛する「産経新聞」で情報を得ることができた。「ママでも金」は実現しなかったヤワラちゃん、圧倒的強さで二連覇の北島選手などなど、いろんな思いを抱きながら新聞記事を読んだが、一番私を驚かせたのは、支那が五輪開催中にも関わらず、チベット人を約140名も殺害したことである。「平和の祭典」を挙行中、国家的大量殺人を行ったのは支那ならではのことである。また、開会式当日には、ロシアがグルジアに攻め込んだりと、何かと血なまぐさい五輪であった。五輪後の経済衰退を取り立たされている支那の今後を、とくと拝見させてもらおうと、手薬煉曳いて待つ私である。

ところで、昨日は映画を観た。実につまらないお笑いモノであったが、たまにはいいや、こんなのも。息抜きだって必要さ!と思い、シネコンに出かけたのであった。
「今日一日は楽しく穏やかに過ごそう。」、そう思いながら出かけたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
映画鑑賞前に軽い食事を取った時のことである。シネコン内の飲食コーナーで、一際派手に騒いでいるガキがいた。小学校高学年くらいの歳格好であるガキは、「叫ぶ」「走り回る」「暴れる」で、そのコーナーで食事する客に多大な迷惑をかけていた。こんな場合、見て見ぬ振りが出来ないのが、私の長所でもあり短所でもある。
「こら、ぼうず!静かにせんかい!ここは食事する所や。運動場と違うぜ!」と一喝してやった。
ガキは叱られた経験が少ないのか、顔色を変えて怯えた。すぐさまガキの父親らしき男がやってきて「うちの子は知的な障害があるのです。仕方ないでしょう。」と開き直った発言をし、私を睨んだ。
「おや、そうかい。知的障害だったら他人にどんなに迷惑をかけてもええんかい?周りが辛抱するのが当たり前かい?あんた、親かい?親なら我が子をしっかり管理せんかい!我が子を知的障害者やて、アカの他人に自慢たらしく披露してんと、しっかり言い聞かせておとなしく飯食わせぇ!」と言い返し、睨まれた倍、睨み返した。
障害者を庇う、手助けするという行為は、個々の善良な心から行うもので、誰かに強制されて行うことではないはずだ。そのためにも、障害者側もある程度のモラルを持たねばならない。本人が無理だとしても、保護する者(この場合は親)がそれを心得ておくべきでないか。障害者だから優遇されて当然、何をしても許されるという考え方では、健常者との健全な共生を阻むようなものだ。

この問題も同和問題と共通点があるように感じた。
差別されていると怒りながら、差別の上に胡坐をかいて、必要以上の権利を主張する同和利権者と似ているように思うのは、私だけではないはずだ。
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もう日本はお終いか?と憂慮する出来事

今年は叔母の初盆である。正確には夫方の父、つまり舅の弟(叔父)の妻のことである。私からは血縁的には他人であるが、婚姻によって戸籍上、叔母に当る。

叔母は昨年末に体調を崩し緊急入院したところ、末期肺がんと診断され、僅か半月の闘病生活で亡くなった。あっけない最期であった。

叔母の急逝により、連れあいの叔父は「やもめ」となった。我が家の舅も「やもめ」である。最近では、近隣から「やもめ兄弟」と呼ばれている。

妻を亡くした高齢男性は、一般的に「認知症」を誘発するらしい。我が家の舅も姑亡き後、「認知症」が進んだ。近頃では、私や内孫である愚息達は泥棒扱いされている。高血圧の舅は降圧剤を処方されているのだが、毎朝それを服用させるたびに「これは毒に違いない。ワシを殺そうとしている。」と騒いでいる。日々の世話をしている私に取って、確かに好ましいことではないが、それでも「親」には違いない。老後の親の世話をするのは、当然の務めである。畏れ多くも明治大帝が、「教育勅語」の中でも説き戒めておられる。

叔父の話しに戻ろう。
ご他聞に漏れず叔母を亡くした叔父も「認知症」を発し、とてもでないが一人暮らしが出来る状態ではない。息子夫婦は同じ敷地内の別棟の家で暮らしているのだが、叔父の世話を全くしない。食事や入浴等の世話を全くしない。しかし、叔父の年金通帳は、しっかり管理している。デイケアサービス等が受けられるように「介護認定」の手続きもしていない。

叔父は、まったく放ったらかしにされている状態である。見るに見かねて、隣組の方々にいろいろとお世話になっている。また、お嫁に行った娘も時折、叔父の世話に来てくれているようだ。勿論のこと、私も出来ることはさせていただいているのだが、家族である息子夫婦は、呆れるくらい「知らん顔」である。これまで何人もの親戚の者が「忠告」や「説得」、「説教」を行ったのであるが、効き目は無し。効き目どころか事態はさらに悪くなり、いまや誰に対しても完全に黙秘、無視を決め込むようになり、息子夫婦に口を開ける者は皆無になった。

初盆を迎えるこの夏、認知症の叔父に初盆法要が行えるわけもなく、お嫁に行った娘は幼い子供を持つ身であるから期待は出来ない。そこで、血縁者ではないが、一昨年前に姑の初盆法要を営んだ私が段取りすることとなった。

内心、「なんでやねん!」と突っ込みたいところであるが、気さくで親切だった叔母への供養のため、ここは腹を括って引き受けることにした。

7日のお盆の入りから16日まで、毎晩お経を勤め、叔母の霊を迎えるのである。今日は二日目である。この10日間の読経で、お世話になった叔母へご恩返しができるとは思わないが、優しかった叔母はきっと、喜んでくれるような気がする。

しかし、今回の息子夫婦の態度には、背筋が寒くなるのは私だけではあるまい。息子夫婦は、私と同じ年で、結婚が早かった彼等は既に、二人の孫までいる身である。

今時のキャピキャピした若者ではない中年夫婦でさえ、こんな有様であることからしても、日本人の美徳の最たるものであった「親孝行」という行いは、完全に消えてしまったようだ。

戦後教育、言い換えて亡国教育の悪しき結果は、家族、家庭の崩壊となって私達に迫っている。自分を産み、育んでくれた親にさえ感謝の心を持たない者に、「愛国心」、「公共心」など芽生えるはずもない。戦後の極端な「核家族化」や「自由放任」、そして「子供至上主義」が、親を親とも思わない非情、冷徹なモンスターを量産してきたに違いない。

あぁ〜、もう日本は、素晴らしい、美しい日本はお終いか?と嘆かざるを得ない。
かつては、素晴らしかった、美しかったという過去形に終わらせないためにも、日本を変えなければならない。教育を変え、政治を変え、社会全体を再生、正常化しなくてはならない。

今年のお盆は、そのことを肝に銘じて決意を新たにしようと叔母の遺影に誓ったら、写真の中の叔母が微笑んでいるように見えた。
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護国神社の自虐石碑を発見!

日本全国、いたるところに自虐石碑があるようだ。
恥ずかしいことに、我が三重県にもあった。
しかも三重県護国神社の境内に・・・。

石碑に書かれた文言

「強くきびしく
   やさしかった母
 おかげで 今
   私たちがある
 お母さん
  ありがとう」
この像は先の大戦で幼くして
父を失った 県下の遺児達が
戦後の 母の労苦に感謝して
偉大な母の姿を永遠に讃える
と共に 惨めだったその深い悲し
みを くり返すことのないにと
世界の恒久平和を祈って建立
致しました

昭和五十年十二月
三重県遺族会青壮年部

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

惨めだった???
その深い悲しみを
くり返すことのないように???

広島の原爆ドームのけしからん文言と似たり寄ったり。

母の労苦に感謝して
偉大な母の姿を永遠に讃えるのは結構なことだが、
「惨め」などと言う言葉、「くり返す」という言葉が
国を、家族を守るために命をかけて戦って下さった
お父上を貶めているように感じ、残念である。
戦争を賛美するつもりは、毛頭無いが、
夫を亡くした妻が、戦後の混乱の中で
しっかり、子供を育て上げたのは、
「国や家族を守るため」戦って亡くなった夫に
敬意を表し、亡き夫に恥じない生き方を
心掛けたからではないか。
また、息子を亡くした親、兄弟をなくした者、
皆それぞれ、同じ思いを持っておられたのではないかと
拝察する。

あの戦争は過ちだった、あれはしてはならない戦争だったなどと
考える時点で、戦死された方々を貶めているように感じ、
怒りがこみ上げてくるのは私だけだろうか。

しかし、いくら腹が立ったとしても、ここは県内のご英霊がお祭りされている護国神社。
抗議大好きの私でも、してはならない場所の区別はつく。
護国神社の神職に、「あの石碑の文言、違和感がありますよね?」と言うだけは言ったが。

まったく、護国神社もあんな石碑を恭しく鎮座させているのはおかしい!!!
だが、よくよく考えて見れば、遺族会会長は古賀誠。
あ、そうかそうか・・・、と妙に納得した次第である。
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米の属国であるという証

拉致問題が動く度、米国の対応に敏感になる人達がいる。

多くの日本人が北鮮に拉致された。
これは動かぬ事実である。
何の罪もない国民が、国内でデートを楽しんでいる時、または部活からの帰り道に、いとも簡単に拉致されたのは、日本政府の国防怠慢が原因である。
拉致した北鮮は、けしからんに違いないが、国民を易々と拉致させる日本政府の責任も大きい。
ところで、これらの拉致に、米国はどのような関わりを持っていたのだろうか。米国が手助けするわけないし、二国間でこんな犯罪が起っているのことさえ知らなかったのではないか。

なのに、拉致問題が動く度、米国に向って口を開ける人々がいる。政治家に多いようだが、これらの連中は「恥」を知らないようだ。これは、我が国と北鮮の二国間問題である。他の国々からも多くの人が拉致されてはいるが、「解決への連携」は取っても「当て」にするのはどうかと思う。自国のことは自国で解決するのが、主権国家としての気概ではないのか。また、自国で解決できる力があるからこそ、主権国家と言えるのではないのか。

何かにつけて米国を頼りにする辺りは、やはり日本は米国の属国であるという証である。なのに、米軍基地問題を煽ったり、米国産牛肉の輸入を拒んだりと、随分我儘な属国である。こんな体たらくだからこそ、主権回復後に自主憲法を制定しなかったり、拉致問題を自主的に解決できないのであろう。

ある自称真性保守のお方が主張する。
「骨抜き憲法を押し付けた米国にも責任がある!」と。
何が何でも他者のせいにしたがるお方である。
骨抜き憲法を破棄する機会はあったのに、せずに来た責任は日本政府にあるのではないか。
自国の憲法を変えるのに、なぜ他国に気をつかわなきゃならないんだ。だから、属国なんだよ。

いっそのこと、属国に徹して51番目の「州」にしてもらったらどうだ。米国政府は、懸命になって拉致被害者を取り返してくれるかもしれないぞ。

拉致被害者が出たのは日本政府の国防怠慢、被害者は日本国の名にかけて取り戻す、という気概も持っていない政治家にとって、北鮮は巨大な壁となろう。腹の一つも括れない、そんな連中が百万遍、拉致問題解決を訴えても進展などするはずがない。
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素晴らしい新聞、それはチョンニチ

流石、「朝日新聞」である。
法令に従って職務を遂行した鳩山法相を「死神」呼ばわりするなんて、一方の人権を不当なまでに守るためには、もう一方の人権を平然と蹂躙する朝日新聞だけのことはある。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080620-00000924-san-soci

この偏り具合が堪らない。「アサヒる」と言う流行語にまでなっている朝日新聞は、私達に以下のことをご教示下さる、貴重な存在である。

1、メディアの姿勢は中立とは限らない。
2、報道内容は真実とは限らない。
3、主張することは国民感覚と一致しているとは限らない。
4、大手メディアであっても品性があるとは限らない。
5、メディアが正義感を持っているとは限らない。


「メディアリテラシー向上」に貢献してくれる報道機関として見れば、朝日新聞の右に出るモノはないであろう。こんな点でも流石、朝日新聞である。
事実、日本人の「メディアリテラシー」はかなり低い。教育現場に置いても、熱心にこの手の学習を行っていない。これは大きな社会問題である。メディアが発信することを何でも鵜呑みにするのは、極めて危険なことでもある。そこで、朝日新聞は「こんなことではいかんな〜!」とばかり自らが「汚れ役」を買って出て、事ある毎に「偏向」、「捏造」、「誘導」、「操作」等を行ってくれている。その点には、深く感謝申し上げるべきである。

これからも朝日新聞が、日本国民の「メディアリテラシー向上」に貢献してくれることを信じて止まない。このままの調子で、いや、もっと調子を上げて情報を発信してくれることを願う。

国民の皆様!
メディアリテラシー向上のために、ぜひ朝日新聞を読みましょう!
購読はしなくてもいいですよ!図書館や喫茶店には必ず置いてますから、そこで読みましょう!

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