七生報国 天皇陛下万歳

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伊勢志摩紀行 その一

近頃の私は、隣室で寝ている夫が目を覚ますくらい、夜な夜な寝言で「民主党を粉砕せよ!」とか「仙谷誅滅!」と叫んでいるらしい。しかも大声で・・・。

その執念の深さを憂慮する家族から、「政治とは関係のない一日を過ごして、気分転換をしたほうがいい。」と勧められたのは、10月3日のことだった。

家族に心配をかけるのは不本意なので、その忠告に従うこととした。

そこで昨日、休暇を取り、「神島」へ日帰り旅行に出掛けたのである。

『神島』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%B3%B6_(%E4%B8%89%E9%87%8D%E7%9C%8C)

神島は、知る人ぞ知る、三島由紀夫先生の代表作である「潮騒」の舞台となった三重県鳥羽市に在る離島である。

以前から、一度は行ってみたいと思っていたので、千載一遇の機会であった。

家族は、神島に行くという私に、一様に難色を示したが、結局、本人が行きたい所に行くのが一番だと言う結論に達して、渋々、認めたくれたのである。

鳥羽の佐田浜港を10時40分発の市営定期便に乗船、約一時間かけて神島に到着した。

神島までの船中では伊勢湾の絶景を満喫し、美しい自然に恵まれた三重県に住むことを誇りに感じた。

この素晴らしい三重県を、何とか三教組やイオンから守りたいものよと思いながら・・・。

神島到着後、島で唯一の旅館である「山海荘」で潮騒定食を食し、その後、島内一周のハイキングコースを歩いた。

神島は殆ど観光化されておらず、約4キロの外周を回るコースは、急な階段ばかりの道が続く。

日頃は自動車で移動する生活を送る私には、かなりしんどいコースであるが、かつては三島先生も歩かれた道なのだと思えば、足取りはそう重くない。

爽やかな秋晴れだったので、神島灯台や監的哨跡から伊勢湾を望めば、まさに心洗われるとはこのことかと思うほど、心底感動を覚える風景が広がっていた。

三島先生はこの風景を、毎日飽きずに見に来られたと聞く。
この島で約一ヶ月間滞在された先生は、どのような気持ちでこの風景をご覧になっていたのだろう。

感性の鈍い私にでも、震えるほどの感動を味合わせる素晴らしい神島の風景。

急な斜面に立ち並ぶ民家は、漁師の町ならではの解放感に溢れ、島人は皆、素朴で優しい。

ここには、日本の原風景が残っている。初めて訪れた島なのに、涙が出るほど懐かしく、自分のすべてを受け入れてくれる故郷のような甘さが漂う。

きっと先生も、この島が持つ「古き良き日本」に触れて、名作「潮騒」を書きあげられたのだろう。

この島で、かつては漁協組合長を歴任しておられた寺田さんというお宅に、先生は一ヶ月間、居候しておられた。

ハイキングコースの中には、寺田さんのお宅も入っている。

島の守護神がお祭りされている「八代神社」に向かって歩く途中、寺田さんの家があり、私が尋ね当てた時、丁度その家のおばあさんが玄関に立っておられた。

私が「こちらは先生がお世話になっていた寺田さんですか?」と尋ねると、おばあさんは心安く、二階の居間まで案内して下さり、当時のままだという部屋や、先生が使用した座卓、その時の写真まで見せて下さった。

おばあさんが寺田家にお嫁入りされた直後、組合長だったお舅さんと昵懇の間柄だった、先生の父君である平岡梓氏から、たっての頼みで神島滞在のお世話をされたという。

初めは旅館を取ってあったらしいが、先生は寺田さんのお家を気に入られ、「是非ここでお願いする。」と仰られたそうだ。

当時は水道がなかったため、島中の女が集う「洗濯場」の真ん前にある寺田邸は、先生にとっては、島の生活を観察、取材する絶好の場所だったに違いない。

その後、息を切らしながらもハイキングコースを歩き続け、汗だらけになりながら、船着場まで戻ってきた。

15時40分発の佐田浜行の船が出るまで、港周辺を散策、漁師だという若者に獲れたての伊勢海老を見せて貰ったり、息子と二人で漁に出ているというおっかさんの「仕掛け」の仕事を手伝わせて貰ったり、地元の婆ちゃん達で運営している食堂兼土産物店で、代表的な郷土料理「あらめ巻」をご馳走になりながら過ごした。

帰りの船の中で私は、神島、そして島人達との別れを惜しんで、思わず涙ぐんでしまった。また神島に来たいと、心から思った。今度はきっと、寺田さんのおばあさんにお土産を持っていこう。

今は失いつつある日本の心に触れることができる素晴らしい神島が、私の心の故郷となった一日であった。

美しい日本の原風景を保つ神島が、我が三重県に存在することを心から誇りに感じながら、鳥羽より津へと帰路に着いたが、考えれば考えるほど、我が県が左翼勢力に蹂躙され続けていることは、真に以て許し難いことである。

日本再興を目指す運動は、微力であっても継続しなければならない。
三重県を左翼勢力から守り、国家再興への拠点とし、お伊勢様に恥じない三重県に改新するために。
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